2020年7月13日月曜日

7.13 令和二年度定期総会

 松本日中友好協会相澤孝夫会長の挨拶があり。新型コロナウイルスの状況下、できることをしっかりと進めていくことを述べられました。
松本日中友好協会は相澤会長の指導のもと中国大使館との交流「観桜会」や廊坊市との友好都市交流、中国語講座開講などに取り組み大きな成果を上げてこられました。松本日中友好協会の日ごろのご活躍とご協力に敬意と感謝を申し上げます。
 現在新型コロナウイルスの感染拡大によって世界では1250万人余りの人々が感染し、56万人の死者がでております。うち4分の1をアメリカが占め、中国は何とか抑え込み、日本は頑張って拡大を抑えようとしています。米中対立が激化しておりますが、世界的に英知を結集し協力して、ワクチンや治療薬の開発を進めていくことが非常に大切と思います。
 本年は日中友好協会創立70周年にあたります。日中関係は、コロナ、香港、尖閣問題などがあって現在厳しい状況となっています。日中友好協会の創立者の内山完造先生(魯迅先生の友人で初代協会理事長)は1956年県日中友好協会が誕生するに先立って長野県に幾度か足を運び協会設立を働きかけました。先生は「中国がたとえどのような国になろうとも、資本主義国になろうとも社会主義国になろうとも、日中両国国民は子々孫々仲良くしていかねばならない」と力説されたそうです。友好協会は思想・信条・政党政派を越えて日中友好の一点で結集するボランティア組織です。14億の人々の住む隣国とは是非とも仲良く付き合っていきたいものです。日本は米中対立が激化する中で主体性をもってバランスの取れた付き合いをし、国益を守り、日中友好を大切にしてアジアと世界の平和繁栄に貢献していくべきと思います。
 コロナ禍で交流がストップしていることは大きな打撃ですが、国交正常化前と違って県内には9千人を超える中国籍の方が生活しており、県内企業も440社が中国に進出しています。身近なところに中国は存在し、交流機会はたくさんあります。
前向きなニュースも聞こえてきます。EMS郵便再開、ビジネス分野の交流再開に向けた両国の協議の動き、長野県と大変深い交流のあった程永華前中国大使の中日友好協会常務副会長就任などです。
身近なできることから取り組みを一歩一歩進め、復興の日に備えていきたいと思います。
松本日中友好協会の皆様のご活躍をお祈りし祝辞とさせていただきます。」

 長野県企画振興部国際担当宮原茂部長の来賓挨拶。長野県では、各地で東京オリンピックのホストタウンをしていて、来る北京オリンピック冬季開催に向けて交流を進めている。コロナが落ち着いたら、改めてお願いしたいので、松本でもよろしくお願いいたします、と。
本日ここに、松本日中友好協会の定期総会が、臥雲市長をはじめ多くのご来賓のご臨席のもと、盛大に開催されますことに心からお祝い申し上げます。
松本日中友好協会におかれては、来年創立40年と伺っておりますが、この長きにわたり日中両国民の相互理解と友好親善のために様々な事業を展開されておられますこと、相澤会長をはじめ皆様方のご尽力に、心から敬意を表し、感謝を申し上げたいと存じます。
長野県と中国との関係は、1983年に長野県と河北省が友好提携を締結して以来、皆様のご支援のもと、青少年交流、文化・スポーツ交流など幅広い取組を重ねてまいりました。
そのなかでも松本日中友好協会におかれては、歴代の駐日大使を松本に招かれたり、国交正常化40周年記念事業として、駐日中国大使館公邸の庭園に「信濃の一本桜・枝垂桜」を植樹され、毎年4月には観桜会を開催して人と人との交流を重ねられるなど、両国間の信頼関係を深めておられます。
その観桜会も、今年は新型コロナウィルス感染症の影響で開催がかなわなかったと伺っており、大変残念な気持ちがしておりますが、一方でこの間、国家体育総局、駐日大使館等の関係機関からそれぞれ長野県に対して、サージカル・マスクや医療用防護服を寄贈いただきました。
贈られた品物に添えられた言葉からも中国の皆様の温かいお気持ちを感じるとともに、これも松本日中友好協会をはじめとした関係の皆様の、これまでの取組の賜物であると、重ねて御礼を申し上げる次第です。
長野県は、来年の東京オリンピック・パラリンピックにおける中国のホストタウンとなっております。また、その半年先には北京冬季オリンピック・パラリンピックが予定されています。
その関係で、昨年も、北京市トップである蔡奇書記、国家体育総局の苟仲文局長が来県され、阿部知事、髙波県日中友好協会会長をはじめとした訪中団が河北省、北京市を訪問するなど、オリンピックを契機に相互交流を重ねております。
今年度は、新型コロナ感染症の関係で人と人との交流がままならない状況ですが、私ども国際交流課もこの4月の県庁組織改正で、県民文化部から企画振興部へと移り、体制を改めて、国際交流の推進に一層取り組んでまいりたいと思っているところです。
松本日中友好協会の皆様におかれましても、両国の友好親善のため、今後とも変わらぬお力添えを賜りますようお願い申し上げます。
結びに、松本日中友好協会の益々のご発展と、本日ご列席の皆様のご健勝、ご活躍をお祈り申し上げ、お祝いの言葉とさせていただきます。
本日はまことにおめでとうございます。」

 臥雲松本市長は、4月より就任して、今まで一会員であったが、これからは市長として、積極的に日中友好に取り組む決意を述べられ、廊坊市友好都市25周年の今年は記念行事をしたかったが中止となって残念である。国家間とは違う民間交流の在り方、再度重みをかみしめていきたい、松本市を挙げて支えていく抱負を語った。
「本日ここに、松本日中友好協会の定期総会が、臥雲市長をはじめ多くのご来賓のご臨席のもと、盛大に開催されますことに心からお祝い申し上げます。
松本日中友好協会におかれては、来年創立40年と伺っておりますが、この長きにわたり日中両国民の相互理解と友好親善のために様々な事業を展開されておられますこと、相澤会長をはじめ皆様方のご尽力に、心から敬意を表し、感謝を申し上げたいと存じます。
長野県と中国との関係は、1983年に長野県と河北省が友好提携を締結して以来、皆様のご支援のもと、青少年交流、文化・スポーツ交流など幅広い取組を重ねてまいりました。
そのなかでも松本日中友好協会におかれては、歴代の駐日大使を松本に招かれたり、国交正常化40周年記念事業として、駐日中国大使館公邸の庭園に「信濃の一本桜・枝垂桜」を植樹され、毎年4月には観桜会を開催して人と人との交流を重ねられるなど、両国間の信頼関係を深めておられます。
その観桜会も、今年は新型コロナウィルス感染症の影響で開催がかなわなかったと伺っており、大変残念な気持ちがしておりますが、一方でこの間、国家体育総局、駐日大使館等の関係機関からそれぞれ長野県に対して、サージカル・マスクや医療用防護服を寄贈いただきました。
贈られた品物に添えられた言葉からも中国の皆様の温かいお気持ちを感じるとともに、これも松本日中友好協会をはじめとした関係の皆様の、これまでの取組の賜物であると、重ねて御礼を申し上げる次第です。
長野県は、来年の東京オリンピック・パラリンピックにおける中国のホストタウンとなっております。また、その半年先には北京冬季オリンピック・パラリンピックが予定されています。
その関係で、昨年も、北京市トップである蔡奇書記、国家体育総局の苟仲文局長が来県され、阿部知事、髙波県日中友好協会会長をはじめとした訪中団が河北省、北京市を訪問するなど、オリンピックを契機に相互交流を重ねております。
今年度は、新型コロナ感染症の関係で人と人との交流がままならない状況ですが、私ども国際交流課もこの4月の県庁組織改正で、県民文化部から企画振興部へと移り、体制を改めて、国際交流の推進に一層取り組んでまいりたいと思っているところです。
松本日中友好協会の皆様におかれましても、両国の友好親善のため、今後とも変わらぬお力添えを賜りますようお願い申し上げます。
結びに、松本日中友好協会の益々のご発展と、本日ご列席の皆様のご健勝、ご活躍をお祈り申し上げ、お祝いの言葉とさせていただきます。
本日はまことにおめでとうございます。」
 務台俊介衆議院議員、スペインインフルエンザの際には、長野県では、12800人もの人が亡くなった、また大町大地震も同時に起こったと災害の歴史を紹介。草の根の交流活動は大事だが、人道上の問題などあり、香港問題、尖閣諸島の件など言うべきは言っていくことも大事と苦言を呈した。
 長野県華僑総会会長王昌勝氏。菅谷さんは、なかなか出席されなかったが、臥雲市長は今日も約束通り来ていただき、期待が持てます、と喜びと、できることを一歩一歩していきましょうと語られた。
「只今、紹介にあずかりました。
長野県華僑総会の王昌勝です。
本日松本日中友好協会定期総会に出席の皆様方は勇気を持って参加された方々だと思います。先程相沢会長の話にありました。コロナウイルスは1月10日中国武漢にて発症しました。わたくしは125日松本日中友好協会の新年会にこの話をしましたが後々このように世界的に広がり、多くの死者を出すことになり、現在世界の経済、文化、スポーツなど多くの混乱を起こすことを予想できませんでした。この現状で中国、日本の交流が一切なされなく、このままでは両国の友好に支障をきたすのではないかと心配しております。
最後に125日の新年会で市長選前の臥雲氏に市長になられても松本日中友好協会の行事ごとにはぜひ参加していただきたいと話をしましたところご自分から率先して参加したいと約束をされました。このようなお人柄で見事松本市長選に当選され、本日出席されまして、誠に感謝しております。」

 長野県日中友好協会布施正幸理事長。長野県内には、9000人の中国人が住んでいる点をあげ、身近な友好活動が大事だと語り、安心して交流していく時代の到来を期待した。全国日中の創立70周年は10月に盛大に中国で行う予定であったが、来年に延期となった。松本は、孔子学堂など語学にも熱心で、中国文化の普及に今後も期待したい、と語られた。
松本日中友好協会は相澤会長の指導のもと中国大使館との交流「観桜会」や廊坊市との友好都市交流、中国語講座開講などに取り組み大きな成果を上げてこられました。松本日中友好協会の日ごろのご活躍とご協力に敬意と感謝を申し上げます。
 現在新型コロナウイルスの感染拡大によって世界では1250万人余りの人々が感染し、56万人の死者がでております。うち4分の1をアメリカが占め、中国は何とか抑え込み、日本は頑張って拡大を抑えようとしています。米中対立が激化しておりますが、世界的に英知を結集し協力して、ワクチンや治療薬の開発を進めていくことが非常に大切と思います。
 本年は日中友好協会創立70周年にあたります。日中関係は、コロナ、香港、尖閣問題などがあって現在厳しい状況となっています。日中友好協会の創立者の内山完造先生(魯迅先生の友人で初代協会理事長)は1956年県日中友好協会が誕生するに先立って長野県に幾度か足を運び協会設立を働きかけました。先生は「中国がたとえどのような国になろうとも、資本主義国になろうとも社会主義国になろうとも、日中両国国民は子々孫々仲良くしていかねばならない」と力説されたそうです。友好協会は思想・信条・政党政派を越えて日中友好の一点で結集するボランティア組織です。14億の人々の住む隣国とは是非とも仲良く付き合っていきたいものです。日本は米中対立が激化する中で主体性をもってバランスの取れた付き合いをし、国益を守り、日中友好を大切にしてアジアと世界の平和繁栄に貢献していくべきと思います。
 コロナ禍で交流がストップしていることは大きな打撃ですが、国交正常化前と違って県内には9千人を超える中国籍の方が生活しており、県内企業も440社が中国に進出しています。身近なところに中国は存在し、交流機会はたくさんあります。
前向きなニュースも聞こえてきます。EMS郵便再開、ビジネス分野の交流再開に向けた両国の協議の動き、長野県と大変深い交流のあった程永華前中国大使の中日友好協会常務副会長就任などです。
身近なできることから取り組みを一歩一歩進め、復興の日に備えていきたいと思います。
松本日中友好協会の皆様のご活躍をお祈りし祝辞とさせていただきます。」

 大勢の会員の力を発揮して前進していくことを確認し合った総会である。新型コロナに負けない友好活動が望まれる。
新理事長に就任した小原秀元氏。長野県卓球連盟理事長も務めていて、日中友好に長く携わった経験を活かし、盛り上げていきたいと抱負を語られた。この後、議事に入り、全議案が滞りなく可決され、今年度の活動を約しあった。
只今、松本日中友好協会の理事長に就任しましたが、その、重責の重さに、
新ためて、身が引き締まる思いであります。
                                                             
 私が、中国との係りをもったのは、今から48年前の1972年・昭和47年に
さかのぼります。
この年の9月27日、田中角栄首相と、周恩来首相が、北京において、日中国交正常化の共同声明がありました。
 そして、この年の11月に、国交正常化を記念して、中国の卓球選手団が日本に
派遣されることになり、松本市の旧県営体育館で、中国の選手団28人を迎え、
日中交歓卓球大会が開かれました。
当時、高校3年生だった私は、地元の代表選手として、中国の選手と対戦することが
できました。
試合結果ですが、中国を代表する選手には、まったく歯がたちませんでした。
この大会以降、日中国交正常化を記念して、5年ごとに、北京において、
日中友好都市卓球交歓大会が、開かれています。
この大会に、私は、選手・役員として、5回参加させていただきました。
その中で、1972年に、松本に来た、中国選手と出会い、友好を深めることもできました。
 ピンポン外交が叫ばれていた当時、歴史的な、出来事の中に、私も置かれていたと思うと、
胸が熱くなります。
 日中国交正常化に奔走した諸先輩方、日中友好卓球大会を初めて開催して下さった
諸先輩方、日中国交正常のために、井戸を掘ってくださった 先人の方々を忘れることなく、
 今後の、松本日中友好協会の運営にあたっていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。」